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2009年4月

2009年4月30日 (木)

自分のテンポで

午前2。

1st目は低学年ということもあり、ゆっくりたっぷりていねいにやった。一年生にも分かるように。

役者からは「遅い」と言われたが。お百姓の苦労が初めて分かったとも。

おれとしては今まではM氏のテンポをなぞってきたが、感情が追い付かないので、テンポより感情優先でやってみた。M氏のテンポは忘れて。

2st目は高学年なので、感情を出しつつ、テンポを詰めてやってみた。役者はその方がいいと。それでもM氏はもっと早いと。

M氏のテンポはいわば「マンガ」のテンポだと思う。ギャグまんがのテンポ。対して1st目のおれは、リアリズムのテンポ。おれの役者としての気質からすると、リアリズムのテンポがちょうどいいのだと思う。

ただし、この芝居はリアリズムの芝居ではないし、奇想天外なお話なので、あまりゆっくり丁寧にやりすぎるのも良くないのかもしれない。「大夫だけたっぷり芝居しやがって」てことになってしまう。役者やお囃子がしらけてしまう。1st目と2st目の中間くらいのテンポが一番いいのだろう。

今日は全編、客席を見ながらやってみた。確かに全然違う。舞台を見ながらとは。客席見ながらの方が芝居が大きく膨らむ。

「語りだけの面白さ」で魅せるのはまだまだ難しいね。落語家のような人柄もまだまだ備わってないし。

けれど、自分のテンポで。自分の芝居を!

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2009年4月28日 (火)

M氏からの脱却(語りの面白さの追求)

二日目。やや疲れ残り気味。

今日もできるだけ客席を見て(全部ではないが)やってみた。

舞台を見ながら、はまだ自分に自信がないせいかもしれない。役者の芝居に合わせてるだけである。自分の語りに役者を合わせる、というレベルではない。

「この芝居、語りを聞いてるだけでも面白いわ」というレベルではない。語り、役者、お囃子、三者のアンサンブルで何とか持っている。

「語りのみの面白さ」を追求せなあかん。自分独自の語りの面白さ、自分の芝居、自分の色を。

今まではM氏の言い方、テンポをなぞっていただけである。長年耳に残ってる口調の真似ごと。だから急ぐしハートが追い付いていなかった。

M氏からの脱却。これは、二年目の課題である。

自分のもんにせんといかん。自分の芝居に。自分の色に。

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2009年4月27日 (月)

情景が…(2年目スタート!)

1学期初日!2年目スタート!!

いきなり3F。出しなにトラックの故障もあり。

今日はゆっくりたっぷりやろうと心掛けた。

「ほんまに思って、相手に伝える」それのみで。

舞台もできるだけ見ず、自分のテンポで。

いつもより多少ゆっくりになったと思うが、いつもより満足してできた。

傘屋の場面、情景が見えてきた。傘屋町の。傘屋と「と」のやりとりの。子供にも伝わったのではないか。

喉に負担掛けてるのか、声やばくなったけど。まだまだ100%腹式ではないのだろう。腹で支えなくても十分声出るため、まだまだ喉でしゃべってるのだろう。九州での経験あるので喉が潰れることはないとは思うが。しっかり腹で支えて腹からしゃべろう。

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2009年4月19日 (日)

M氏の研究

一年前のM氏のビデオ見た。

「語り」と「台詞」、人物同士の「声」の違い、変化、そんなにない。

それでも面白いのは全編に「人柄」があふれてるからである。

ゆえに全編、語りが面白いのだ。

愛される人柄なのだ。

七色の声など観客の錯覚である。

それぞれの人物の感情が深いから、客は別人物の声と認識させられるのだ。

語りはゆっくりではなくむしろスピードありテンポもいい。

それでもゆっくり落ち着いて聞けるのは、「深さ」があるからである。

「深さ」があるから、ひきこまれて、納得できる。

テンションは常にハイテンション。

恐れることはない。

俺は俺のままハートを深いところから出せればいいのだ。

人柄が出せればいいのだ。

テクニックではない。

逆に楽になれたかも・・・

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芝居は人間愛

愛を知れば

孤独を知る

弱さも知る

芝居は人間愛である。

ハートが出ないのは愛がないから。

人に対する愛。人を愛おしいと思う心。やさしさ。ぬくもり。それがその人の人柄。

愛にあふれた時に人は解放され、幸せになれる。

これ芝居の極意なり。

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ビデオ検証(2回目)

二ヶ月前のビデオを再度検証。

全体的に早い。スピードの問題もあるが、それより要は、「深くない」「浅い」ってこと。

「語り」と「台詞」の違い、それぞれの人物の「声」の違い、もっと明確に!

「形式」「ストーリー」が面白いだけ。語りが面白いわけじゃない。

話の変わり目が「平板」もよくわかる。

「ほんまの声」「語り手の人柄の声(心)」が出てないのだ。

総じて、結論として、「面白くない」と。

初演よりは全然ましだけど。初演の頃は、初演のビデオ見てまあまあ面白いと思ってたくらいだから。二ヶ月前もこのビデオを見てまあまあ面白いと思ってたくらいだから。

大夫としての追及は明らかに深化してるが。自分でもよくわかってきて、自分に対して厳しくなってきてるが。

ハート出てないの、バレバレ。腹から声(心)出てない。全身、全心、解放されてない。

もっと楽に楽しめるはず。

今はしんどくて楽しめてないだけだ。表面的に楽しそうな雰囲気になってるだけ。見てる方にもそれは伝わってる。

精進、精進・・・

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2009年4月18日 (土)

芸がない

久々、稽古。二か月ぶり。

気持ち、だいぶ深くなってきたが、まだまだ急いでる感はあり(たっぷりできてない)、台詞をしゃべってしまっている(思いを伝えるのではなく)

だから、一幕終った後も、客に対して「おもろいやろ」という自信はない。自分自身が楽しめてないのだから。それぞれの感情表現はやってるが、その瞬間瞬間、人物として楽しめてない感じ・・・ゆえに、芝居としておもろいものを伝えてるという意識もまだまだ・・・

二幕はまだ主人公の台詞だけなので、感情たっぷり、息たっぷりできて、楽に楽しめたりもするが、一幕がしんどい。

一幕は明らかに大夫の話術のみで楽しんでもらうところだから。

芸がないのだ、芸が。

終わってから演助や制作には「役者に引きずられるのか、品がなくなるのでキープして」(大夫は品よく)「話の変わり目、大きく(平板にならず)。声のバランス、気をつけて」などと言われたが・・・

まだまだ万人を納得させるまでにはいってない。自分自身満足できてないのだから。誰にも自信を持って見せられるレベルではない。

精進、精進・・・

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